日本葬送文化学会2011年定例会 

2011年2月17日 18:30〜 東京文化会館

 

特別講演会 株式会社いのうえ 代表取締役 井上峰一氏

「儀礼文化と地域社会」

 

1.いのうえの沿革

 株式会社いのうえは、岡山県倉敷市に大正2年(1913年)祖父が創業しました。今年で創業98年、2年後の2013年に創業100年目を迎えます。日本で100年以上続いた会社は10万社あるそうで、1000年以上続いた世界最古の会社が2社ありますが、一つは大阪・四天王寺の建立に携わった金剛組です。朝鮮から招かれた三人の工匠の一人が設立した会社です。2社目は北陸にある法師という温泉旅館です。

 いのうえが創業100周年を迎えるまで、企業として存続できた源泉は「人材教育」にあると思っています。

 私が京都の花園大学を卒業して、家業を継ぐために倉敷に帰ったのは1971年(昭和46年)です。当時の会社は、私も含めて社員5人でした。その5人で真剣に考えたのは、葬儀業は、人間の尊厳に一番近い仕事であるということ、大変価値感のある仕事であること。当時は葬儀業に対して、職業蔑視されている空気がありましたが、「生死一体」という言葉があるとおり、それは死に接する仕事であるがゆえ、「生」に一番近い仕事である、こうした考え方を確立して参りました。

 そこで、葬儀は「儀礼文化」であるという理念を据えました。ちょうどその当時、企業30年説が謳われていたので、永遠を目指して「エヴァ」をつけました。さらに「モア」を付け加え、「エヴァモア」グループとして、現在では社員300人、年商50億円の規模になっています。

 

2.自身の得度、仏教の形骸化について

 私が家業である、井上葬儀社を継ぐ決意をしたのは1969年、帰省していた大学3年生の夏休みでした。

そして大学に戻り自分を見つめ直すため、昭和の名僧と謳われた故山田無文老大師、河野太通老大師のお二人の元、妙心寺山内霊雲院にて卒業までの14ヶ月の間、禅修行を行いました。

禅宗は唯一教義がなく、禅問答を通して実践哲学を鍛えられたものです。

そのご縁から、河野太通老大師(臨済宗妙心寺派大本山妙心寺管長・日本仏教会会長)には40数年に至る現在も、ご指導ご教示を頂いているのです。

1昨年(2009年)、私が還暦を迎えたのを機に、自らの心に重い荷を背負うため、姫路・龍門寺において河野太通老大師猊下の手により得度を行って頂きました。

在家僧侶とはなったものの、基本は経済人として商工会議所副会頭などの公職にもつきながら、岡山市人口80万人、倉敷市40万人の地域の経済活性化が重要な課題と考えておりますが、経済人としての在家布教をしてゆきたいと思っています。

 21世紀は、こころの時代、宗教の時代といわれますが、宗教、仏教の形骸化が激しい状況にあります。東京都内では「直葬」がマスコミの話題になり、「家族葬」がもてはやされています。そうしたなかで、きちんと葬送儀礼の役割を伝える僧侶の姿が見られなくなっている。

 東京ではマンション住居の僧侶がいて、旦那寺と檀家の関係がない、お寺と地域との関係が薄れている環境がふえています。さらに僧侶の派遣に関して、葬儀社との紹介料が発生するなど、自利(ビジネスとして)だけで流通している現実があります。

 われわれは莫大な先祖の数から、自分が活かされている存在であり、ネアンデルタール人の化石から発見されるように、葬儀は儀礼文化である。この原点が忘れられて、葬儀という、人が人を祀る行為が形骸化しているのが現実です。葬祭業は、釈尊の教えの根元であるいのちの尊厳を継承するという基本に立ち返る必要があると思います。

 葬祭業に関連しては、葬祭会館の普及も仏教が形骸化した理由の一因であると認識しており、その事については我々も大きな責任があるのではないでしょうか。 葬儀社の営業政策と利用者の利便性アップを目指して、葬祭場が急増し今日では全国に6000か所以上有る訳ですから、功罪相半ばする状況になっています。

 一方で、伝統教団である仏教教団の改革の必要性もあると思っています。いまあらためて目で見える、わかりやすく仏教そのものを伝えていく努力をしていく必要があるのではないでしょうか。

 

3.岡山・倉敷における地域活動について

 得度したのは臨済宗ですが、実は井上家の家宗は、真言宗御室派の別格本山観龍寺というお寺です。1300人の檀家を抱える大きなお寺で、筆頭総代は大原美術館創立者の大原家です。私も責任役員の一人としての地域活動の一端を担っています。仏教が地域に根ざして、地域社会にいかにとけ込んでいくことができるか、これが大変重要な課題だと思っています。 

 得度した昨年、私個人として地域に還元できることはなんだろうと考えていたとき、社員の一人からからインフルエンザが流行してマスクが地域に必要だと言われました。そこで、個人としてマスク100万枚を用意して、岡山県、岡山市、倉敷市、総社市等行政を中心に1県5市2町に寄贈いたしました。

 また、いのうえの事業としては、創業100周年を迎える前に、「葬儀屋さんである前にご近所さんでありたい」「ご葬儀のお手伝いだけが、私たちの仕事ではありません」というフレーズで、「市民生活支援センター」を岡山、倉敷2か所を開設しました。

 この市民生活支援センターでは、高齢者の年金や介護、防犯、相続などに関する相談を無料で受け付けています。センターのスタッフたちが窓口で対応するとともに、弁護士や司法書士、税理士ら専門家約20人が連携してアドバイスするものです。

 最後に儀礼文化の精神を原点に総合生活支援企業の「いのうえグループ」として、高齢者とその家族が安心して生活できるよう地域社会に積極的に貢献していこうと思っています。

(文責 福田充)